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最高裁判所第一小法廷 昭和30年(オ)71号 判決 1957年2月07日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告理由第一点について。

論旨の引用する原判示前段は、「本件各手形は上告人が自ら作成して振り出したものでないし、蔭山に上告人名義で振出す権限を与えたものでない」というのであり、所論原判示後段は、「上告人は田島に対し蔭山に本件各手形の振出について代理権を与えた旨を表示し、田島も蔭山が右代理権を有するものと信じていた」というのである。前者は現実に手形振出の代理権を蔭山に与えなかつたことを判示したものであり、後者は蔭山に手形振出の代理権を与えた旨を田島に対し表示したこと(これだけでは現実に蔭山に代理権を与えたかどうかとは直接の関係がない)を判示したものである。それ故、前後両者の判示の間には所論のような矛盾や理由のくいちがいはない。論旨は採ることをえない。

同第二点について。

論旨は、蔭山が本件手形を作成したのは、上告人の意思に反するから民法一〇九条の適用がないと主張する。しかし、同条は、ある者(甲)が第三者(乙)に対して他人(丙)に代理権を与えた旨を表示したときは、甲は丙がその表示された代理権の範囲内で乙との間になした行為につき、乙に対し本人としての責任を負うべきことを定めた規定であつて、丙の行為が甲の意思に反することは、同条適用の妨げとはならない。いな却つて甲の意思に反しても同人に責任を負わせて、相手方乙を保護して取引の安全を図ろうとするのが同条の趣旨である。論旨はとるをえない。

次に論旨は、原判決は蔭山が他に上告人のための何等かの代理権を授与されていたかどうかを判示していない違法があると主張する。しかし、これは民法一一〇条の表見代理とを混同した誤算に出ずるものである。なるほど一一〇条の表見代理は、代理権の範囲を越えて行動する場合に生ずるものであるから、基本として他の何等かの代理権が授与されていることを必要とするのであるが、一〇九条の表見代理は、代理権授与を第三者に表示したが現実に与えなかつた場合に生ずる(代理権を与えれば通常の代理となる)ものであるから、他に代理権が授与されていたかどうかを判示する必要はない。いな代理権の授与がなかつた場合においてのみ一〇九条の表見代理は生ずるわけである。さればこの点についての論旨も採ることをえない。

さらに論旨は、本件手形は偽造にかかるものであるから、民法一〇九条の適用がないと主張する。しかし、原判決は、本件手形は訴外蔭山が上告人から上告人名義の手形振出その他金融に関する一切の代理権を与えられたものと信じ、上告人名義の記名印、認印を使用して作成したものであると認定した。そしてこの趣旨は、本件手形は蔭山が偽造したものであるとの上告人の主張を排斥して、同人が無権代理行為として振り出したものであると認定した趣旨であることは明らかである。それ故、論旨は、結局原判決の認定に副わない事実を前提として、原判決の違法を主張するに帰し、適法な上告理由に当らない。

同第三点について。

原判決のかかげる証拠によつて、所論の原判示事実の認定は、当審においても是認することができるのであつて、原判決には所論の違法はない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 真野毅 裁判官 斉藤悠輔 裁判官 入江俊郎 裁判官 下飯坂潤夫)

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